小川淳也氏の父親はどんな人物なのか。
ニュースで見かけるたびに気になるけれど、そこまで詳しくは知らない…そんな存在ですよね。

やっぱり、父親も政治家だったの?
実は、小川淳也氏の今の発言や行動は、高松で美容室を営んでいた父親の教えからきているんです。
今回は、小川淳也氏の父親について、整理していきます。
- 小川淳也氏の父親の職業と経歴
- 「自分の種は自分で刈り取れ」と語った教育方針
- 官僚辞職に猛反対した理由
- 現在の政治姿勢につながる父親の影響


小川淳也の父親は高松の美容室経営者!


小川淳也氏のルーツは香川県高松市にある実家の美容室にあります。
国会での姿からは想像しにくいですが、小川淳也氏は「パーマ屋のせがれ」として育ったんです。
その家庭環境こそが、今の小川淳也氏の政治姿勢につながっています。
まずは父親がどんな人物だったのかを見ていきましょう。
最盛期は5店舗を展開した実業家の父・雅弘さん


小川淳也氏の父親は小川雅弘氏で、高松市松並町で小川美容院を夫婦で営んでいました。
最盛期には5店舗も展開するほど勢いのある実業家だったんです。
しかしいつも順風満帆だったわけではなく、銀行から融資を断られることもあり、資金繰りに頭を抱える日もあったそうです。
それでも雅弘氏は従業員を解雇せず、店を守り続けました。



華やかに見える美容室経営も、実際は相当大変だったのかも。
小川淳也氏は、そんな商売人の苦労を間近で見て育ったんです。
行き当たりばったりから始まった起業


雅弘氏は大学卒業時、東京の企業から内定を得ていました。
しかし、妻に「東京にはついていかない」と言われて、あっさり内定を辞退して地元に残ったんです。
安定よりも家庭を選んだわけですね。
その後は繊維問屋、化粧品店と商売を変え、最終的に資生堂のサポートを受け美容室を開業しました。



思い切りがすごいですよね。
この挑戦の積み重ねが5店舗展開へとつながりました。



小川淳也氏が現場や生活者目線を大切にするのは、こうした父親の背中を見てきたからなのかもしれませんね。
小川淳也の父親の教育方針「自分の種は自分で刈り取れ」


小川淳也氏の父・雅弘氏が何より大切にしていたのは自立心と自己責任でした。
学歴や肩書きよりも、自分のことは自分で引き受ける。
小川淳也氏の芯の強さは、まさにこの教えから育ったようです。
自宅を15人に囲まれたドッジボール事件


小川淳也氏が小学生の頃、ドッジボールで投げたボールが友達に強く当たり、怒った仲間たちが自宅まで押しかけてきたそうです。
家の前には15人ほどの子どもたち。
突然の出来事に家の中にいた妹は怖くなり、父・雅弘氏に助けを求めました。
しかし雅弘氏は小川淳也氏に、こう告げました。



自分で解決しなさい!
原因をつくった小川淳也氏に向き合いなさい、という意味でした。
その後、泥だらけで戻ってきた小川淳也氏に対し、雅弘氏は



よくやった。
自分の蒔いた種は自分で刈り取れる大人になれ。
と声をかけたといいます。



小学生にそこまで教えるとは、驚きますよね。
雅弘氏は、失敗から逃げない経験こそが力になると考えていたようです。
怪我で野球を辞めようとした息子へ「勉強はいつでもできる」


小川淳也氏は学生時代、怪我の後遺症で成績が落ち込みました。
将来を不安に思い、野球を辞めようと考えたこともあったそうです。
そのとき雅弘氏は、厳しい言葉をかけました。



勉強はいつでもできる。でも野球は今しかできない。
さらに「それで東大に行けなかったら、行かなくていい」と続けたといいます。



東大より野球を優先?
結果よりも、いま目の前にある挑戦に本気で向き合うこと。
雅弘氏が伝えたかったのは、肩書きではなく生き方だったのかもしれません。
なぜ小川淳也は現場にこだわる?


小川淳也氏が現場を重視するのは、父・雅弘氏の教えが根っこにあるからです。
東京大学に在学中、小川淳也氏は官僚試験の勉強だけに集中する生活を選びませんでした。
- 自動車工場での作業
- 北海道の牧場での仕事
- 寿司屋でのアルバイト
実際に体を動かすアルバイトを経験していきます。
小川淳也氏は、世の中の現場を知りたいという思いが強かったようです。



東大生なら勉強一本でもよさそうだし、家庭教師とかありそうなのに!
けれど、「官僚になって机上の仕事が増える前に、現場を知っておきたい」と考えていたのです。
現場で働く人の気持ちを想像できる政治家でありたい。
その姿勢は、学生時代からすでに形になっていたんです。



今の小川淳也氏が掲げる「庶民の政治」を支える土台になっているんですね。
小川淳也の官僚辞職に父は猛反対?


小川淳也氏が官僚を辞め、政治の道へ進むと決めたとき、父・雅弘氏は強く反対したと言われています。
商売で苦労してきた雅弘氏にとって、東大卒の官僚は安定の象徴でした。
約2年にわたり考え直すよう伝え続け、それでも決意が揺らがないと知ると、雅弘氏は



少しでもずれたら、俺が引きずり下ろす
と言い放ちます。
突き放す言葉ですが、それは覚悟を問う一言でした。
現在も雅弘氏は「もっと地べたを這え」と叱咤し続けています。
そしていま、選挙の決起集会では母とともに会場の椅子を一つひとつ拭く姿がSNSに投稿されました。





反対していたのに、そこまで支えてるんだ。
覚悟を問う父でありながら、最後は支える父。
この父の背中が、小川淳也氏の覚悟を今も支えているのかもしれません。



厳しすぎる激励は、息子を信じる父親なりの愛の形ですね。
小川淳也の父親に関するQ&A


ここまで、小川淳也氏の父親・雅弘氏の人物像や教育方針を見てきました。
あらためて「結局どんな父親なの?」と気になる方も多いですよね。
まとめ
小川淳也氏の父・雅弘氏は、高松市で美容室を経営した実業家です。
最盛期には5店舗を展開しながら、子どもには「自分の種は自分で刈り取れ」と教えてきました。
官僚辞職には反対するなど厳しい一面もありましたが、その教えは小川淳也氏の「現場重視」の姿勢や、逃げない政治スタイルにつながっています。
父の背中を見て育った経験が、いまの小川淳也氏を支えているようです。













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